大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和44年(ラ)16号 決定 1969年4月25日

抗告人 水谷友明(仮名)

(右法定代理人 親権者父) 海野正二(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は「原審判を取消す。抗告人の氏『水谷』を父の氏『海野』に変更することを許可する。」との裁判を求めた。

抗告理由は別紙のとおりである。

一、抗告理由第一点について

抗告人は家庭裁判所は申立の許否につき自由裁量権を有せず、申立が要件を充たせば許可すべきである旨主張する。

しかしながら子の氏変更申立につき家庭裁判所の許可にかからしめたのは、家庭裁判所が形式的要件を審査するのみでなく、実質的判断を加えて許可が妥当か否かを判断すべき趣旨と解せられ、家庭裁判所は氏の変更に異議を申立てる側の利害をも十分検討し、両者の利害得失を比較勘案の上、許否を決すべき裁量を有すると解せられるから、抗告人の主張は採用できない。

二、同第二ないし第五点について

抗告人は妻春子の反対は単なる感情上の問題で不許可の理由にならないし、家庭裁判所は妻春子の意向を顧慮する必要も存しない旨主張する。

記録を検討するに、原審判挙示の各証拠によれば原審判判示の事実が肯認せられるから右理由記載(原審判二枚目表二行目より同裏九行目まで)を引用する。

右事実によれば、本件申立は民法第七九一条所定の要件を具えており、抗告人がその氏「水谷」を同居中の父の氏「海野」に変更することは、抗告人の利益となること明らかである。

しかしながら、一方正二の妻春子および長男良明において本件子の氏変更に強い反対の意向を表明しており、右春子らの反対もあながちこれを無視し得ないものがあると解せられる。けだし、正二は妻春子のもとに戻り正当な婚姻生活に復帰すべき義務があるのにこれを怠り、抗告人の母と同棲の上もうけた抗告人を正式に自己の戸籍に入れようとすることは、妻春子との正当な婚姻生活への復帰に対する淡い希望をも破壊するものとして春子らがこれに反対感情をいだくことは一般の国民感情としてもつともとおもわれるし、しかも非嫡出子の同籍することが嫡出子の婚姻や就職の支障となりうることは現在における社会生活の実情よりみて一概にこれを否定し得ないからである。

もつともこの点につき抗告人は正二が抗告人を認知した旨戸籍に記載されている以上入籍しても同一であると主張するが、氏や戸籍を同じくすることは身分上の権利義務に関係しないとはいえ、一般の国民感情としてはなお軽視しがたい問題であつて、認知の記載とは同一に論ぜられない。

してみれば、妻春子および長男良明がかかる不利益をさけるため抗告人の子の氏変更に反対することはたんなる感情上の問題として一蹴し得ないものといわざるを得ない。抗告人の主張は失当である。

その他記録を精査するも、原審判にはなんら違法の点を見出し得ない。

以上の次第ゆえ、本件子の氏変更の申立を却下した原審判は相当であつて本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第四一一条、第九五条、第八九条に従い主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 成田薫 裁判官 布谷憲治 裁判官黒木美朝は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 成田薫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例